部下や上司に左右されない働き方をして、仕事以外の自分の時間を作って、同僚店長たちよりもワンランク上の生活を手に入れたいかを考える様になったかを記事にします。
ワンランク上を目指すようになるまで
入社当時
飲食チェーン業界で働き始めてから20年以上が経過しました。自分は就職氷河期の時代で、希望職種への就職は出来ませんでしたが、アルバイト先の店長のアドバイスもあり、アルバイト先の企業に就職しました。やっと定職について社会的に認められて貢献出来ると自己満足な所もありました。何よりも、両親は額に汗を流して働く事が美学といった世代なので、早く両親を安心させて親孝行出来る事もありました。20代、30代の頃は時代もありましたが、飲食店の店長とは朝から晩まで働く事がステータスな時代で、体力もあったので何も疑わずに働いていました。出世さえすれば全ては報われる事だと上司にも会議などで常々言われてきました。
仕事を始めてから、自分は社員として店舗に勤務していましたが、店舗には同年代のフリーターが多く在籍していたこともよく覚えています。
彼らは、希望職種に就職出来ずに一時凌ぎとしてフリーターをやっているのが理由でした。そんな同年代が多いい店舗だったので、働きやすい環境でした。
当時は、今ほど人員不足の問題は無く、シフトにもっと入りたいとガツガツしたアルバイトが多かった事もあり、社員の休みも週休2日は問題なく取れていました。
アルバイトの求人も、店舗前に張り出していれば応募が集まる状況で、言い方は悪いですが、採用して使えなければ入れ替えるようなことも出来ました。
アルバイトの時給は、一般的にスタートが800円~900円といったところでした。当時のアルバイトで飛びぬけていいのは、パチンコ屋で1200円~1500円位で募集していたと記憶しています。
自分のいた企業の社員の給与は、20万~22万位だったと思います。ここから主任、副店長、店長へと職位を上げていく事になり、主任でプラス5000円、副店長でプラス20000円、店長はプラス10万円の役職手当がつきました。自分はアルバイト上がりで作業の経験もあったので、数値管理の勉強をメインに教えてもらったこともあり、入社2年半で店長に昇進しました。
新任店長時代
今振り返ると当時の自分は、肩に力が入りすぎる位の勢いで日々の業務をしていました。自分の行動を見て従業員はついてくると、青春ドラマの熱血教師が当てはまるような、今ではかなりめんどくさい店長ではなかったかと思い出すと度に恥ずかしくなります。
周りの意見はあまり聞かずに猪突猛進で突き進み、自分が出来る事は皆出来ると本気で考えていました。ところが、日がたつにつれて店舗の空気が冷ややかになって来る事を感じてはいましたが、ベテランのパートさんからある程度の忠告はありましたが、自分が全員を引っ張ていかないという強い思いがありすぎて、そこに目を向けませんでした。
ある日に、上司のSV(スーパーバイザー)から呼び出しを受けて、店舗の従業員から「今のままでは、店長にはついていけない」と声が上がっていると聞きました。自分の中では、従業員がどうしてそんな事を思うのだろうか?と全く分かりませんでした。
ですが、SVと話をしていくうちに、ランチピーク時にキッチンが回らなくなると「なんで料理が出てこない」と怒鳴り散らかしたり、もたついていると「なにやってんの!ちんたらするな」など、令和の時代ではパワハラに抵触するような言動が多々ありました。自分自身思い通りにならないことからの八つ当たりだと、今では反省する限りですが、当時の自分は、お客様の満足の為にしているのに何故わかってくれないのだろうかと悩みました。
全ての話を一通り聞いたSVは、私の言動や行動を非難することなく「店長の気持ちは痛いほどわかる」と一言言った後に、「ただやり方が違う」と言いました。SVも若いころは同じようにして店舗を崩壊させた経験があり苦しんだそうです。
では、何が違っていたのだろうか?当時の自分には経験が無さ過ぎて打開策などありますせん。ですが、経験のあるSVは、『店長の仕事は、仕組みを作る事だよ』とさらりと言いました。「ピーク時に回らないのであれば、教育をして回る様にする」それが仕組みというものだ。「怒っても、従業員は委縮するだけで何も学びは無いのではないかな?」と諭すように言われて、自分もようやく理解出来ました。
この話を聞いてから、問題が出たら、感情的にならずに観察、分析、行動と冷静に対処するようにしました。すると、お店は劇的に変化していき、今までストレスに感じていた事が問題なく回る様になり、お客さまからもお褒めの言葉を沢山いただけるようになりました。それどころか、険悪だった店舗の雰囲気も明るくなり、自分が異動となるまで、居心地のいい店舗に変りました。
SVの話しを聞いたり、このような経験をさせてもらった自分は、本当に運が良かったと思います。この会社では8年間お世話になりましたが、自分よりも先輩店長が昇進できない状態もあり、自分には中々チャンスは巡ってこないと考えて、思い切って転職する事を決意しました。
転職先で
転職先の企業は、飲食としての方向性は自分に合っている事と、これから店舗数を広げていくので、上位のポジションも多くなる見込みがあったので応募しました。面接では、自分のキャリアならば即戦力として活躍出来ると面接官からお墨付きを頂き、その場で採用を頂きました。
入社して、仕事を始める事になりますが、最初に感じたのは前職と比べると、労働環境がかなり遅れていると感じました。元々、社長が一代で上場した企業であったために、経営幹部も現場からのたたき上げの上司が多く、精神論が多くの場面で伺うことが出来ましたが、上司は現場の苦労も分かってくれる方が多く、自分にとっては働きやすい環境でした。
入社して、7か月目には店長を任されるようになりました。店長業務は、経営者としての立場から、店舗の販促から求人まで全てを行うのが社長の考えであり、食材の仕入れ以外は基本店長の采配で行われていました。毎月のPL表(損益計算書)の作成も行い、変動費をコントロールして1円でも多くの利益を上げる仕組みを作る事に力を注ぎました。
前任の店長は、自分が体を張って日々のオペレーションに専念する方だったので、人員不足は慢性化している店舗であり、最初に手を付けたのが、求人対策でした。
求人も会社からではなく、店舗から求人誌に依頼を上げて掲載しなくてはいけないので、上司に何度も相談して、慎重に検討をしてから依頼を上げないと、毎月の店長会議でPLの発表を社長の前でしなくてはならないので、結果が出ないと無駄な経費を使ったと社長にダメ出しされてしまいます。とはいえ、必要な所にお金を掛けないと、いつまでも負のループは続いていくので、しっかりとした理由も説明できればいいのです。
経営者としての立ち回りを少しづつ学びながら、店舗の状態は改善されていき、店長就任から半年で人員不足も解消され、十分な経常利益も確保でき、休みも取れるようになりました。このままの状態が維持できれば、夏休み、冬休みも十分取れる環境に満足していましたが、そこは精神論企業だけはあり、次なる試練を与えられます。そうです、店舗の異動です。
店舗異動
ようやく軌道に乗った店舗を後にして、新たな店舗に赴任することになりました。今度の店舗も人員不足により、店長がオープンからラストまで店舗にいる店舗でした。今回は、前の店での経験があったので、スムーズに改善に取り組むことが出来ました。3か月位で人員を確保して、人の教育、数値管理とやる事は同じでしたが、今回はある問題に気づきました。
2店舗しか見ていませんでしたが、店長が店長の仕事をするのではなく、店長は単なるワーカーではないかと疑問がありました。近隣店舗の店長と話す機会はあまりありませんでしたが、月に一度の店長会議の後には、エリアごとに飲み会があり、エリアの店長が集うのでそこで情報収集が出来、自分の抱いていた疑問が現実だと確信しました。
ほとんどの店長は、この会社しか知らない人たちだったので、社長の行動を真似して働く事で人はついてくると考えている事でした。社長のように、カリスマがあれば人はついてくるでしょうが、カリスマがなければただのワーカーであることに残念ながら彼らは気づいていなかったようで、どうすれば人が揃うのか?休みが取れるようになるのか?とよく質問されましたが、自分からすれば目標からの逆算でしかありませんでした。
上司は、エリアの問題点をわかっていたようで、近隣店舗の店長を集めて勉強会を定期的に行うようになり、会議の場で私の店舗を参考にするようにと言ってました。このような勉強会を行うにつれて、エリアの店舗の人員不足、休日、残業も改善傾向になりました。これで他店への応援も無くなりつつ休みも取れるようになった矢先に、社長が亡くなるという思ってもいなかった事が起きました。
経営陣は、次の社長は誰になるといった問題があったようで、社長の息子の常務が継ぐのか、専務が継ぐのかで大きく意見が対立していたようで、その波紋が現場まで波及してきました。自分からすれば、給与と賞与、休みが取れればどちらでも良かったのですが、会社はこの二大派閥のどちらに着くかのことで日々大盛り上がりでした。
結果的には、創業家の息子が継ぐことになりましたが、反旗を翻した幹部たちは粛正されました。こうなると、会社の人員が半分近くが居なくなってしまい、健全に回る事は出来なくなりました。
次回に続く

